TOH体験談(その5)

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この体験談も最終章です。冒頭の画像は、この体験談をAIに読ませて作成したイメージです。

一部、TOHそのものの症状や対処法から少し離れて、股関節の回復後に私を悩ませた左膝の痛みについても触れます。これがTOHの直接的な後遺症だったのか、それとも長期間左足をかばって歩いた影響や、若い頃の古傷が関係していたのかは分かりません。この部分は読み飛ばしていただいても良いと思います。

とはいえ、この記事をアップしている本日(2026年10月)になると、このような膝の痛みがあったことすら記憶にありません。まさに「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということです。

もう一つの伏兵・左膝の痛み

2025年の4月と5月は股関節の痛みからの「解放」を大いに享受した。

普段の生活にもどろうという機運が高く、5月下旬のMRIの結果も完璧ではないが、治る方向にあるという診断だった。6月に再度通院せよといった医師の指示は無く、私は5月いっぱいで毎週のリハビリ通院に終止符を打った。保険の適用が5月までだったこともある。

ところが6月の声を聞くあたりから、左の膝(ひざ)の痛みが強くなってきた。4月から5月にかけて階段も苦にせず上り下りしていたことが仇になったと感じる。20代のころにスキーで無理をして靭帯(じんたい)を伸ばしてしまった左ひざだ。それが疼く。

なんのことはない、杖こそつかないものの、左ひざの問題で私はまたびっこを引きはじめてしまった。

左ひざの痛みは痛みとしては強いものではないが、左ひざの『座りが悪い』ような不安定感があり歩きづらいのだ。階段を片足ずつ上ることはもはやできず、手すりのある階段だけを求めて手すりにかけた手を強くひいて体全体で左ひざをサポートしながら階段を上るようになった。(この方法は間違っていたので、後日階段は一段ずつ上がることになった)

座って仕事をした後に両足で立ち上がる姿勢をとると左足が痛むので、いきおいゆっくりになる。立ち上がるときだけ杖がほしくなる。そしてゆっくりと歩き始めると膝の潤滑がうまくいかず、油がのるまでピリピリとずきずきの中間のような「鈍痛以上激痛未満」の痛みが走る。膝の曲げ方によってはズキリと鋭く痛みもあるので、本人は相当臆病になった。歩くのがひどく遅い。

膝の不具合は6月29日の息子の結納の日まで続いた。これを後遺症と呼ぶなら、とても長い後遺症に思えた。春頃の血液検査で尿酸値が7まで上昇していたことから薬を処方してもらっていたこともあり、もしかして膝の痛みは「痛風ではないか」とも思うようになった。

まあ、しかし、膝が痛むのは歩くときだけで、座ったり寝ていたりするときに膝関節がぎりぎり痛むというようなことは無かった。安静にしていればなんともないのだ。少なくとも、自分が想像していた典型的な痛風とは違うように思えた。

私は、努めてゆっくり歩くようになった。そうなってみると、周囲の人間がいかに早く歩いているかを実感する。

すべての人間が私を追い抜いていく。そういう感覚はあまり幸福な感覚とは言えないが、これも自分の心理的な反応だと思い、くよくよせずにゆっくりと歩くようにしていた。階段も絶対に無理せず、段差もさけて文字通り高齢者の歩き方に転換して、膝をかばうようにした。

6月末は株主総会や息子の結納で出かける機会や直立不動の機会が多く、左足には負担だったが、休んでいると悪くなると直感していたので、毎日歩くことだけはやめなかった。ただ、膝の痛みがある日々はスポーツジムでの運動が充分できず、軽い筋トレだけで有酸素運動は数週間ストップした。これもあまりうれしい状況ではない。

6月の最後の週、私は市中の薬局で購入したロキソプロフェン(痛み止め)を服用した。まあそれでも12時間に一錠のペースで充分だった。

ところが7月初頭に入って、この膝の痛みが突然和らいできた。6月中は座りの悪かった左足の上の大腿骨がうまく膝とかみ合って歩けるようになったのだ。

内臓脂肪対策と足のリハビリ

7月12日ごろ、朝たまたま見たSNSで、内臓脂肪対策の「5分間運動」を見つけた。この運動は1分でバックランジ(背筋を伸ばして立った状態から、数秒かけて片足を後方に出しながら膝を曲げることでひざまづく直前まで腰を落とし、また数秒かけて元に戻す)を左右交互に10セット(バックランジ20回)まとめる、そして1分の休憩をはさんで同じバックランジを10セット、そして1分休んでラスト10セットがんばる。これでちょうど5分。

一週間ほど、中途半端ながらも続けてみると、膝の痛みが徐々に薄まって行くように感じるのと、腹回りが少しずつ引き締まる感じがあって非常に気分が良い。

本格的に試してみる方は、専門家のアドバイスを受けてください。このブログの情報だけで運動することはおすすめできません。

18日頃には、毎晩の頻尿トイレの時に左膝が痛んで憂鬱だったのが、かなり改善して、あまり左足 をかばう配慮が必要無くなってきた。

痛風でないことがはっきりした。そして、まだ走れないにしろ、少しずつ、普通に歩く自分が戻ってきてくれている。自分の回復力に感謝。

日常生活への完全復帰

8月9日頃。駅の階段の上り下りでは、感覚的に筋力が85%程度まで戻っり、痛みが邪魔にならなくなってきた。誤って膝を周方向にひねらない限り問題ない。これまでの膝がかなり弱っていたことを改めて実感した。

それでも、やはりちょっと重い荷物を持つと股関節や膝に「黄色信号」のような痛みが来る。

私の場合、「後方ランジ」を始めた時期と足の状態が改善していった時期が重なり、運動後の感覚も良かったので、そのまま続けることにした。最近は腕立て伏せ2〜3回も合わせてトレーニングに含めている。

早く走れるようになりたい。小走りで良いのだ。年末にはゴルフもやってみたい。

9月1日

懸案だった駅のエスカレーターの歩き登りが可能になった。「後方ランジ」の運動は定常化した。

11月

月日が流れ、私は毎日の運動を充実させている。1日の歩数は7000から8000に定着しているし、後方ランジの運動も何なく毎日実施できている。10月末には地方の遊歩道を散歩するなど、1日に1万歩を超える運動をしても問題がなくなった。

最近の症状はむしろ「頭の違和感」で、血圧が上がると以前経験した変な圧迫感があって集中しづらい。足の方は、発症前とほとんど変わらない状態に戻っている。  

少なくとも日常生活のうえでは、これをもって私の一過性大腿骨頭萎縮症との闘病は終わった、と考えてよいだろう。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。これで筆者のTOH体験談は終わりです。

少しでも参考になれば幸いです。

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TOH体験談
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