「日本」を学び直すと決めた夏

千夜一夜

2025年の夏のことでした。 定年を迎え、手元に増えた「自由な時間」をどう使うべきか。そんなことをぼんやりと考えているうちに、ふと一つのアイデアが浮かびました。 「国家試験に挑戦してみようか」という思いつきです。

国家試験といっても、司法試験や公務員試験のような、いわゆる「若者の立身出世」のためのものではありません。還暦を超えた今の自分にとって、それらはあまりに現実味に欠けますし、仮に資格を得たとしても、それを仕事にする自分を想像できなかったからです。

そんな中で私の目に留まったのが、「全国通訳案内士」という国家試験でした。

今日は、私がなぜこの道を選び、そしていかにして己の無知を突きつけられたのか、その始まりのお話をさせていただきます。

「盛りだくさん」な試験科目

「全国通訳案内士」とは、観光庁が管轄する、訪日外国人向けガイドのプロフェッショナルです。 昨今の円安や日本文化への関心の高まりにより、日本を訪れる「訪日外客」(政府の専門用語)は急増しています。彼らに対して質の高い案内を提供することが、この資格の使命です。

しかし、その門戸を叩こうと調べてみると、試験内容は驚くほど多岐にわたるものでした。 英語などの外国語はもちろん、日本史、日本地理、一般常識、さらには実務知識……。これら5科目で7割以上のスコアを叩き出した者だけが、二次試験である「口述面接」へと進むことができるのです。

合格率は、英語の場合で例年わずか10%前後。「狭き門」と呼ぶにふさわしい難関です。

慢心が打ち砕かれた日

私は、語学には多少の自信がありました。 幸いにも英検1級の合格証明を持っていたため、英語の試験自体は免除されます。 「最大の障壁である語学がクリアできているなら、なんとかなるだろう」 正直に申し上げて、そんな風に高を括っていたのです。

ところが、その自信は日本史と日本地理の過去問を開いた瞬間に、音を立てて崩れ去りました。

「……知らない。何一つ、知らない……」

難しいという以前に、そこに並んでいるのは私の知らない日本ばかりでした。初めて挑んだ過去問の結果は、正答率5割にも満たない惨敗。日本で生まれ、日本で育ち、60年という月日を重ねてきたはずの私が、自分の国のことを何一つ理解していなかったのです。

世界ばかりを見て、足元を見ていなかった

これまで私は、世界を舞台にビジネスをすることを夢見て生きてきました。 学生時代から選ぶのは常に世界史や世界地理。語学を最優先し、日本の歴史や地理を学ぶことは二の次、三の次にしてきました。日本のことを知らなくても、これまでは困らなかったからです。

しかし、それは大きな間違いでした。 還暦を迎え、ようやく自分がいかに空っぽな状態で生きてきたか。その無知と無理解に愕然とし、深く打ちひしがれました。 「通訳案内士を目指すなど、おこがましいのではないか」と。

日本人としての再出発

しかし、このショックこそが私の火を灯しました。 「日本人として、このままの理解で生きていていいのか?」という根源的な問いが、自分の中で大きくなっていったのです。

今回の話は、いわば私の挑戦における「起承転結」の「起」にあたります。 己の無知を認めることから始まった、この半年間の格闘の日々。いかにしてこの高い壁に挑み、学び直してきたのか。その軌跡を、次回から少しずつ綴っていきたいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございます。

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